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幕府が倒されて明治政府が樹立されたのは、徳川幕府の開国が発端と言うのは異論がないと思います。(外国との力の差を考えると開国しないという選択はなかったのですが…)

長い間、鎖国していた日本が開国することによって、さまざまな混乱を引き起こし尊王攘夷運動が盛んになりました。

結果、西郷隆盛などを中心とする幕末の英雄が徳川幕府を倒すことになります。

そもそもなぜ徳川幕府は長い間鎖国をしていたのでしょうか?

今回は江戸時代の鎖国についてお伝えします。

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教科書から鎖国が消える?


江戸時代長い間鎖国をしていてペリーがやってきて開国をすることになった。

と歴史の授業で習ったことがあると思います。

ところが「教科書から鎖国という言葉をなくす」という話がちょっと前にありました。

その理由は鎖国と言っても徳川幕府は、オランダや中国と貿易をしていたから鎖国という表現が適切ではない。

江戸時代の初期には鎖国と言う表現を使用していなかった。

鎖国ではなく「幕府の対外政策」と改めようという話でした。

でもこれは世間の反対の声が大きかったので、取り消しになったそうです。

僕の感想を言わせてもらうと「幕府の対外政策」なんかいまいちピンとこない感じがしますよね。

これだと貿易を制限していたかどうかもわからないし「鎖国」のほうが理解しやすいと思います。

「鎖国」と言ってもすべての国と完全に国交を断っていたわけではない。ということは割と知られていることですし今までの通り「鎖国」していたけど一部の国とは貿易していました。

のほうがわかりやすくて理解しやすい気がしますね。

なんで鎖国をしたの?貿易を辞めた国は?


そもそもなんで江戸幕府は鎖国を始めたのでしょうか?もともと日本は隣の国の朝鮮と中国とは昔から貿易をしていました。

そして戦国時代になるとヨーロッパから宣教師がやってきて布教とセットで貿易もするようになります。

戦国時代以前はまだ航海技術が未発達のため、そんなに遠くの国とは貿易をしなかったんですね。

信長の時代はキリスト教の布教を許されていましたが秀吉の時代になるとバテレンの追放令をだしてキリスト教徒を追い出す政策に出ます。

  • 信長はキリスト教に寛容 
  • 秀吉はキリスト教に否定的

などと言われることもありますが信長はあくまで貿易によるメリットが大きいから布教を許可していただけでキリスト教徒が脅威になると感じたら秀吉と同じような行動をとったと思いますね。

秀吉も最初は好意的でしたがキリスト教徒が脅威になると感じてからは弾圧するようになりました。

そして江戸時代なると島原の乱がおきます。キリスト教徒の反乱に危機感を募らせた幕府はキリスト教と関係のある国ポルトガルとスペインとの貿易をやめることになります。

ポルトガルとスペインは日本を植民地にするつもりだったのか?
「ポルトガルとスペインは日本を植民地にするつもりだった」とよく言われています。これは本当だったのでしょうか?

これは植民地にするつもりだったという文章が残っているわけではないので本当のことはわかりません。

遠い日本を植民地にするのって結構大変ですからね。ただ少なくともキリスト教は布教するつもりだったのは間違いありません。できたら日本人全体がキリスト教徒になるのが理想です。でもそうなったらキリスト教で偉いのは誰だという話になってそれは日本人ではないわけです。

植民地にならなくても日本人のほとんどがキリスト教徒になったら、やはり外国人の意向が反映されるのは間違いないと思います。そうなったら一番偉いはずの江戸時代の将軍や徳川家の人は困りますよね。ポルトガルやスペインと貿易する利益より安全のほうが大事ということでしょう。

オランダや中国や朝鮮と貿易を続けた理由


その理由はキリスト教の布教には関係がないからです。そして貿易をしたほうが幕府にとって利益になるのでそのまま続けたのです。

ちなみに鎖国と言う言葉は幕末にできたそうです。鎖国を始めたときは「幕府の対外政策」として貿易はオランダと中国、朝鮮など限られた国とだけして港も制限していた。と言うだけで鎖国と言う言葉はなかったそうです。

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鎖国をした理由はキリスト教が入らないようにするためだけなの?


鎖国をしたメインの理由はキリスト教が入って世の中が乱れることを警戒したからだと思います。

ただ中国やオランダとは貿易をしていましたが限られた港だけに絞っていて中国人やオランダ人が大量に入ってくることもありませんでした。

そのためキリスト教の広まりだけではなく、排他的な思想が根底にあったんだと思いますね。

前政権の豊臣政権は朝鮮や明に攻め込んで手痛い失敗をしています。

なぜ明(今の中国)を手に入れようと思ったのかと言うともともと戦国時代は日本の国内で争っていて負ければすべてなくなり勝てばすべて手に入るそんな時代でした。

最終的に他の大名を従わせて豊臣家が大名のトップに立ちました。

日本国内はすべて統一されてしまってもう獲得する土地がなくなったため戦国時代と同じように新たな土地を獲得するためには外国に攻め込むしかなかったんです。

しかし海を越えた外国は勝手が違って豊臣政権は大失敗をしていしまいます。そのため同じことを繰り返さないように江戸幕府は国内のみですべてを完結できるような体制をとることを目標にたため鎖国と言う政策をとったのだと思います。

まとめ


江戸時代になぜ鎖国をしていたかと言うと、ポルトガルやスペインとの貿易はキリスト教の布教がセットのため辞めた。

鎖国中でもオランダや中国と貿易をしたのはキリスト教徒は無関係で貿易をすることで江戸幕府の利益につながるから貿易を続けた。

基本的に自給自足で日本国内で、すべてを完結させる仕組みを作るそれが江戸幕府の理想だった。

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