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戦国時代のスーパースターと言えば織田信長ですね。天下統一目前に本能寺の変で明智光秀に討たれてしまうのですが、その時織田信長が言ったといわれる言葉が「是非に及ばず」です。

現代ではあまり使わない言い回しで意味が分からないという人もいると思います。

どういう意味なのかその時の織田信長の心情を考えてみました。


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是非に及ばずの意味は?



「是非」というのは正しい正しくないと言う意味です。「及ばず」と言うのは論議する必要がないと言う意味です。

正しいとか正しくないを論じる意味はない。もっと簡単に言うと「良い悪いを論じても仕方ない」(やるべきことをやるしかない)と言う意味です。

もうちょっと意味を深読みするためにここで信長と光秀の関係を見てみましょう。

織田信長と明智光秀の関係

普段は信長は主君で光秀は家臣です。動員できる兵力も圧倒的に信長が上です。光秀の命を常に握っていると言ってもいいような状態です。

そして明智光秀は信長のおかげで出世できたと言っても過言ではないでしょう。その家臣の明智光秀が信長を追いつめている。これは信長の立場から見れば恩知らずの明智光秀と思っても仕方ないでしょう。



ただ今の状況で「許さない」 と言っても意味がないですよね。

もし信長が本拠地にいて明智光秀が遠くで反旗を翻したら信長は「明智光秀、恩を忘れて許さない。処罰する」と言えるでしょうけど

たった100人の兵士しかいない状態で何万の大軍に囲まれていたら、そんなこと言っても全く意味のないことです。

頭のいい信長のことですから今の状況を受け入れたんでしょう。

これがもし凡人だったら家臣に「明智と思われます。」と言われたら「えーなんで なんで 何で明智光秀が俺を襲うの?」「敵ならともかく家臣が主君を襲ったらだめだろう。」「今までの恩を忘れるってどいうこと?」「光秀何で俺を攻撃しているの?俺は光秀に恨まれるようなことした?」「俺は悪くない 明智光秀が悪い」と ことの是非を考えたり理由を考えたりしそうです。


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誰が聞いていたの?



本能寺って光秀に襲われて焼け落ちちゃいましたよね。信長が「是非に及ばず」と言った場合、誰が聞いていたのでしょうか?

聞いた人がいても、その人が本能寺で死んでしまったら誰にも伝わらないですよね。もしかして物語の創作なの?って思うかもしれませんが実は信長の家臣・太田牛一が『信長公記(しんちょうこうき)』に書き残してある言葉です。

信長の周りには身の回りの世話をする女性がたくさんいました。

その女性たちは本能寺から逃げることができたそうです。

本能寺の後に信長の家臣・太田牛一が本能寺にいた女性に直接会って信長が「是非に及ばず」と言ったと言うことを聞いたそうです。

なので信長が「是非に及ばず」と実際に言った可能性は高そうです。

過去にも是非に及ばずと言ったことがあるのはホント?



信長の「是非に及ばず」は本能寺の変が有名ですがこれを言ったのは実は2回目とされています。

1度目は浅井長政の謀反を知った時です。この時は越前の朝倉攻めの最中でした。浅井長政が裏切ったことで信長は朝倉と浅井に挟まれて絶体絶命の状況に陥りました。

この時の信長は「是非に及ばず」と言った後 わずか10人程度の共を連れて馬で戦場から逃げ出して難を逃れました。

この時に浅井長政が裏切った理由をあれこれ考えたり自分は悪くない浅井長政が悪いなどと言っていたりオロオロしていたらおそらく逃げ切ることができなかったでしょう。

なお信長の持っている馬は最高級の馬でめちゃくちゃ速く走ったそうです。めちゃくちゃ速く走るので逃げ道さえ確保できれば、敵が追いかけてきても逃げきることができたそうです。

本能寺の変の時も馬小屋に行って、馬に乗って逃げる事を考えていたけど馬小屋にたどり着けなかったと言う説もあります。

日常生活で使える是非に及ばず



現代でも良い悪いを論じる意味のないこともあります。例えば重い病気になった。

「今まで健康に気を付けていたのに何で病気になるの?自分は悪くない」などあれこれ考えてしまいますが「是非に及ばず」の気持ちをもって今やるべきことをやることが大切です。

そこまで重たい話でなくても「彼女に振られた」「左遷された」「リストラにあった」

そんな時には「是非に及ばず」良い悪いを論じるのではな、く今何をするのが最善の策なのか考えて行動しましょう。

まとめ



信長の言った「是非に及ばず」と言う言葉は善悪を論じる意味はない。今何をすればいいか最善の行動をとるのみ。と言う意味。

今現代でも善悪を論じる意味のない場面に遭遇することってあります。

その時は是非に及ばずの気持ちで、今できる最善の行動をとりましょう。

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